5月講座レポート

2026年5月16日(土) 
小林善仁(こばやしよしひと)先生
(鹿児島大学法文学部准教授)
テーマ「御城山(おしろやま)から城山へ」

 

 

     「城山」は、鹿児島県の各地に。麓に麓集落を形成。北海道、沖縄、長野等にも「城山」が。鹿児島市の「城山」は、①観光スポット ②西郷隆盛所縁の地 ③天然記念物(昭6指定)。「県史跡鶴丸城」(昭28指定)が「国史跡鹿児島城」(令5指定、山城+山麓の本丸・二の丸跡)に。令7年3月「史跡鹿児島城跡保存活用計画」策定に関わった。本日は、近世から近代の城山の地理的変化に注目することで、城山に関する疑問を解きたい。元の名は「上之山(ウエノヤマ)、上山」、14世紀前半に上山氏の居城(本拠は山麓の城ケ谷)、島津貞久に敗れ桜島へ。16世紀前半、島津貴久がたびたび上山城に入る。中世「鹿児島城」(清水城)の出城。近世「鹿児島城」(鶴丸城)の築城は慶長6年頃。古地図から城下町の町割りを説明。島津家文書「御城山総絵図」等に「御」(敬称)。「鶴丸山」は、御城山の別名の一つ。草牟田の四足堂から眺めると尾根が鶴に。絵図に見る近世の御城山の説明、鹿児島城の一部(藩が厳重に出入りを管理)、蔵・番所などの施設、武家屋敷が存在し、一部は樹木の伐採も行われていた。

     城山の公園化について。廃藩置県(明4)により、鹿児島城(城山を含む)の敷地は鹿児島藩から鹿児島県へ。しかし、兵部省(陸軍省)の管轄、明6に「存城」、西南戦争後も陸軍省所属地。城山公園の開設は、明18年8月(鹿児島県初の公園:県営)。「天然記念物城山」は「代表的原始林」ではあるが、全てが手つかずの自然ではない。前近代から島津家が楠を植林、公園整備過程で植樹・伐採も。植物種600種余り、樹齢400年の楠の巨木と希少種も、大都市の近くでは珍しい。

     まとめとして、〇前近代の「御城山」は、藩が厳しく管理する鹿児島城の一部、近代以降は自由に出入りできる公園。〇近代の城山は所有者が複数、旧城部分の大半は陸軍省が所管。〇公園開設と整備により、明40以降、眺める対象+眺める場所へ。今後の課題は、〇鹿児島市の重要な観光資源としての「史」(歴史)と「景」(景色)、更なる実態解明が必要。戦前・戦中・戦後の諸変化、西郷隆盛ゆかりの地としての城山研究も課題。