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①2020年12月5日(土) 14時〜
「論語講読」
講師:大渕 貴之先生(鹿児島大学教育学部准教授/博士(文学・九州大学))
場所:鹿児島大学共通教育棟2号館213
経歴
昭和54年、福岡県柳川市生まれ。
九州大学文学部卒業後、熊本県立玉名高等学校教諭を経て九州大学大学院人文科学府修士課程に進学。同大学院博士後期課程を単位取得退学後、九州大学非常勤講師、同大学院人文科学研究院専門研究員、国立歴史民俗博物館共同研究員として教育・研究に従事する。
専門中国文学。特に歴代王朝勅撰の百科全書(「類書」と呼ばれる)について、編纂の背景や伝存文献の本文について研究を行う。
平成25年4月に鹿児島大学教育学部に着任。
平成23年度日本中国学会賞、平成24年度九州大学大学院府長大賞を受賞。
講師の声
郷土の文化的伝統を守る論語講読
造士館講座「論語講読」で使用するテキストは、鹿児島の藩校造士館で用いられた薩摩版『論語集注』です。
『論語』に関する市民向け講座は、全国各地で行われておりますが、本講座のように土地の藩校で用いられた版本に基づいて、読み進める取り組みは、他に例を見ないと思われます。仮に講座の目的が『論語』を学ぶことのみにあるのであれば、近年刊行の訳注書等をテキストに用いる方が,分かりやすく、手軽であるのでしょう。しかし、本講座は『論語』を学ぶと同時に、『論語』を学んでいた郷土の伝統を学ぶことを目的としています。如何に優れた文化的伝統も、それを継承する不断の努力があって初めて息を保ち続けます。
本講座はまさに鹿児島の文化的伝統を守り、次代に継承せんとする市民の皆さまの崇高な志により支えられています。
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②2020年 12月12日(土) 14時〜
「南九州の要石は鹿児島の空港―21世紀鹿児島の開発を構想する」
講師:山田誠氏(鹿児島大学名誉教授、元法文学部長)
場所:鹿児島大学共通教育棟2号館211号室
経歴
1946年生まれ。四国の高松育ち、子供の頃からケンカ好き・勉強嫌いの性格はいくつになっても変わらない。この性格に加えて、家庭が貧しかったこともあり、中学から高松高専に進む。卒業後は2つの製造業で働くも長続きせず、1年半の予備校生活を経て、23歳で大阪市立大学経済学部に入学した。(1970年)
博士入試対策が主な理由で、苦手なドイツ語を身に着けるべく博士課程中にドイツのケルン大学に留学した。それが土台となって、ドイツの地方財政・地域政策が専門領域となる。35歳で鹿児島大学に就職した後も、途中で起きた歴史的大事件・東西ドイツ統一を含めドイツに関係したテーマについて研究を続けてきた。
鹿児島大学に赴任後、2004年4月~2006年3月まで法文学部長も務められた。
対象をドイツに絞った研究は比較的に早い段階から著書の形にまとまった(『現代西ドイツの地域政策研究』1989年、『ドイツ型福祉国家の発展と変容』1996年)。といえ、ドイツと日本を絡み合わせるという考察観点は、当初から強く意識してきたものの、定年後になってようやく論文としてまとまった。具体的なテーマは高齢者介護であり、1990年代の中頃から着手した。ドイツが先行し日本で2000年に導入された介護保険について、長年に渡る継続した研究が陽の目をみたのは2014年のことである(「日独の介護保険・介護政策と対等な異文化接触」2014年)。
南九州を対象にした研究・調査や活動は、仲村政文代表の科学研究調査『過疎地域における産業の構造的特質と政策効果に関する実証的研究』とともに始まる(「奄美群島振興開発事業と地域振興」1990年)。ほぼ同じころ、県の重点政策の1つであった農村振興運動と住民の自主的な運動であったからいも交流についても調査をした(「開放体制下の農村―南九州の村おこしから見た前川レポートー」1990年)。この方面の研究は、その後拡張されて、鹿児島とアジアの双方の農業者たちが家族的経営を基盤にすえて、農業・農村の発展をめざし連携する可能性の調査機会に恵まれた(鹿児島県国際交流協会『タイと鹿児島の農業・農村交流』1994年)。さらに、21世紀に入って、『鹿児島県史 第6巻』の発刊事業に参加する機会が与えられ、第二次大戦後の鹿児島県下の発展を概観するこができた(「財政」の章を担当、2006年)。
活動のフィールドとして県域内を見渡す場合には、奄美地域との結びつきが前面に出てくる。1988年の調査スタートの後、21世紀初頭には、鹿児島大学の総合プロジェクトを企画する一方、並行して法文学部を中心としたメンバーによる科学研究費による調査をも手掛けた。とりわけ、大学院の分校ともいえるサテライト教室を離島の奄美に開設したことは、全国初のケースとして大きく注目された。その一連の活動において、鹿児島大学の研究者と地元の人々が情報交換する媒体として2003年12月~2008年3月まで雑誌『AMAMINewsLetter』を発行した。また、2冊の成果をも刊行する(『奄美と開発』2004年、『奄美の多層圏域と離島政策』2005年)。